若年層の離職率増加の理由
今日のNIKKEI NETで、以下のような記事がありました。
高卒内定率、全都道府県で改善・大卒は79.6%で8年ぶり水準
まあ、就職氷河期は不景気の象徴のようなイメージなので、回復傾向にあると聞けば、何だかほっとします。
しかし一方では、こんなことが言われています。
若手社員の高い離職率
でも、内閣府の平成18年版国民生活白書でも若年層の離職率の高い原因が分析されているので、現在も若年層離職率がかなり高いのは間違いないと思います。これを読んでいる人も、それを肌で感じている人が多いのではないでしょうか。
私も、およそ100倍ほどの競争率をくぐり抜けて内定を獲得したにも関わらず(自慢)、1年目で辞めた人間です。はい、勿体無いですね。
この問題について、少し掘り下げてみようと思います。
ものすごく長いので、覚悟して読んでください。
高卒内定率、全都道府県で改善・大卒は79.6%で8年ぶり水準
4年制大学を今春卒業する就職希望者の内定率が昨年12月1日時点で79.6%になり、8年ぶりの水準まで回復したことが12日、厚生労働省と文部科学省の調査で分かった。この原因としては、景気の回復や、目前に迫った団塊世代の大量退職などが挙げられています。私が新卒として就職活動をしたのはもう3、4年前(曖昧)ですが、その頃はどうだったのでしょう。正直、就職活動はわりと上手くいったので、あんまり「厳しかった」という印象はありませんでしたが(自慢)。
まあ、就職氷河期は不景気の象徴のようなイメージなので、回復傾向にあると聞けば、何だかほっとします。
しかし一方では、こんなことが言われています。
若手社員の高い離職率
最近、入社3年目までの離職率が50%を超えて、注目されているのです。3年間で新入社員の半分以上が退職しています。高卒若手社員の離職率も同様な傾向を示しています。勿体無いですね。2003年って…ちょっとデータが古いですね、すみません。
卒業年 1年目の離職率 3年目の離職率
1987年3月 11.1% 17.4%
1992年3月 9.5% 14.2%
2000年3月 15.7% 20.8%
2003年3月 15.3% 35.7%
でも、内閣府の平成18年版国民生活白書でも若年層の離職率の高い原因が分析されているので、現在も若年層離職率がかなり高いのは間違いないと思います。これを読んでいる人も、それを肌で感じている人が多いのではないでしょうか。
私も、およそ100倍ほどの競争率をくぐり抜けて内定を獲得したにも関わらず(自慢)、1年目で辞めた人間です。はい、勿体無いですね。
この問題について、少し掘り下げてみようと思います。
ものすごく長いので、覚悟して読んでください。
若年層の離職率増加について、私の考える理由はとりあえず3つです。
しかしながら、現実を見れば自分は一般ピーポーで月収は20万そこら。そして出世の道のりを描いてみても、なんだか今の会社じゃ程遠い気がする。そして焦る。「もっと俺の能力を手っ取り早く活かしたいぜ」という、勘違いを起こす若者が増えたということです。
最近、「島耕作」を課長時代から常務まで通し読みしたのですが、やっぱり終身雇用に支えらたバブル期の日本では、思い描くキャリアは40、50代の自分だったわけです。でも今は、30代には結果を出したい、と先走る若造が本当に多いです。いや、決して悪いことではないと思うし、とりあえず起業してみるという何とも浅はかな風潮も、なんとなく元気があって良いとは思います。
でも、テニスで例えるとするならば。
練習が嫌いで基礎技術がなってない人ほど、試合ばかりやりたがるんです。そういう人が、多い気がします。まあ、それはそれで自然の摂理で淘汰されていくだろうから、いいのですけどね。
(なんでテニス?と思った方はコチラを読んでおいて下さい。)
もちろんこれは極論ですが、しかし世の中の大きな風潮として、このような流れがあるのは確かでしょう。特に成長段階の企業において、よく見られる状態のようです。この方が、企業としての成長スピードが速いというのも、一理あるでしょう。
しかし、このような成長はいずれ停滞します。
成長すれば仕事は増える、仕事が増えれば人を増やす、即戦力の中途じゃ間に合わない、新卒を採る、しかしベースとなる教育環境がない。…自然の摂理です。
少数精鋭のプロフェッショナル集団によってスペシャルな企業を作るのならば話は別ですが、経営者が企業を大きくしようと考えた場合、これは必ずぶつかる問題です。
終身雇用が合理的だとは言いません。成果主義という時代の流れは、なるべくしてなっているとも思います。その中での企業ブームが「教育」という観念を見失ったまま突き進んでしまった。その結果が、現在の高い離職率なのではないかと思います。
この現象は、モノを作れば売れた高度経済成長期の直後にも起こっています。モノが飽和し始めた時、企業は「ブランド」という付加価値を作って競争力をつけてきました。そしてそのブランド戦争がマンネリ化する頃、また新たな技術革新によって、「モノ」による競争が始まる、と。「モノ」→「サービス」→「ブランド」の順に繰り返しマーケットは動いているのだと私は理解しています。
「ブランド力」とか「共感マーケティング」とか言う本が沢山棚積みされているところからも、近年の日本社会は、大きく見れば「サービス」から「ブランド」への移行期だと感じます。もちろんITバブルやWeb2.0と呼ばれる技術革新など、少し視界を狭めれば、その中でもそれぞれのトレンドがありますが、本質的には同じように動いているはずです。
そして、さらに問題を大きくしているのが、「ユビキタス」という社会の方向性です。これは消費者目線で考えると非常にありがたい話ですが、世の中の色々な、本当に色々な企業が連携してサービスを提供しようとした場合、世の中ではどのようなことが起こるでしょうか。
単純に考えて「二極化」です。
このことは以前のエントリーにも少し書きましたが、強いものは強いものと組み、弱いものは…という話です。たとえば、auはGoogleと、ソフトバンクはyahoo!と提携しました。また先日、NTTドコモはモバイルコンテンツの強化のために角川GHDと提携しました。
特に、IT業界と電化製品、そして映像・音楽業界は今、躍起になって強いものと組むために動いているはずです。
社会は、少数の優秀な人間が総合的なサービス提供の実権を握る、という方向に動いています。これはつまり、企業活動の社会的意義をどんどん膨らませる勝ち組企業の傍らで、働くモチベーションを保ちにくい弱い企業がどんどん増えていく構図です。
ちょっと3つ目の理由は色々つめこみすぎて意味不明ですが、現在の若者の、離職率、それからニートとか、その日暮らしのフリーターとかの根本的な理由も、このへんにあるんじゃないかなあと、キュウモトは思っています。でも、すべては自然の摂理だから、私は私の手の届く範囲で、精一杯生きていこう、というのが結論なんですけどね…。
長文にお付き合い頂いてありがとうございました。
コメント、トラックバックお待ちしています。
- ロールモデルの若年層化による若者達の焦り
- 成果主義によるOJTの崩壊
- 複雑化する事業(モノよりサービス)
ロールモデルの若年層化による若者たちの焦り
これはつまり、例えば「渋谷で働く社長のアメブロ」で有名なCAの藤田社長だったり、28歳で設立48ヶ月あまりで株式上場を果たした杉本社長、女性で言うなら、トレンダーズの経沢社長とか。若くしてスーパーリッチに成り上がったビジネスマンが若者のロールモデルとして知られるようになりました。しかしながら、現実を見れば自分は一般ピーポーで月収は20万そこら。そして出世の道のりを描いてみても、なんだか今の会社じゃ程遠い気がする。そして焦る。「もっと俺の能力を手っ取り早く活かしたいぜ」という、勘違いを起こす若者が増えたということです。
最近、「島耕作」を課長時代から常務まで通し読みしたのですが、やっぱり終身雇用に支えらたバブル期の日本では、思い描くキャリアは40、50代の自分だったわけです。でも今は、30代には結果を出したい、と先走る若造が本当に多いです。いや、決して悪いことではないと思うし、とりあえず起業してみるという何とも浅はかな風潮も、なんとなく元気があって良いとは思います。
でも、テニスで例えるとするならば。
練習が嫌いで基礎技術がなってない人ほど、試合ばかりやりたがるんです。そういう人が、多い気がします。まあ、それはそれで自然の摂理で淘汰されていくだろうから、いいのですけどね。
(なんでテニス?と思った方はコチラを読んでおいて下さい。)
成果主義によるOJTの崩壊
これが、最も直接的な原因ではないかと考えています。これについては、先ほどの記事から抜粋させて頂きます。新卒者を受け入れる職場の姿勢の変化も有るようです。私が新卒者として入社した40年ぐらい前は、新入社員を即戦力として見るだけでなく、最初の数年間は失敗を経験させて、一人前の戦力に育てる意欲が職場にみなぎっていました。職場の管理者は当然として、先輩もOJT指導者の気概を持っていたと思います。まさに、です。これは1つ目の話とも関わってきますが、つまりはOJTの崩壊は、終身雇用の崩壊が理由だと言えます。現在の多くの企業における評価制度のトレンドは、「明確にわかりやすく公正に」です(まあ私の稚拙な経験則ですけど)。結果、数字として表れる成果が基準となり、たとえば「落ち込んでいる後輩を励ました」とか「ミスした部下と一緒にクライアントに謝りに行った」とか、そういう「人間味」の部分は評価されにくくなります。
今はどうでしょうか。成果主義に毒された管理者は新入社員に即戦力としての成果を求めるだけで職場教育をおろそかにしていませんか。新入社員の失敗が自分の成果を下げるのを恐れて、難しい仕事を新入社員に任せることができずに自分で処理するか、仕事を任せても、仕事振りをフォロー助言しないで、悪い結果がでると新入社員の責任と言い逃れていませんか。その結果、新入社員がやる気をなくして退職してしまう事例も多いと思います。皆さんの職場ではどうでしょうか。
もちろんこれは極論ですが、しかし世の中の大きな風潮として、このような流れがあるのは確かでしょう。特に成長段階の企業において、よく見られる状態のようです。この方が、企業としての成長スピードが速いというのも、一理あるでしょう。
しかし、このような成長はいずれ停滞します。
成長すれば仕事は増える、仕事が増えれば人を増やす、即戦力の中途じゃ間に合わない、新卒を採る、しかしベースとなる教育環境がない。…自然の摂理です。
少数精鋭のプロフェッショナル集団によってスペシャルな企業を作るのならば話は別ですが、経営者が企業を大きくしようと考えた場合、これは必ずぶつかる問題です。
終身雇用が合理的だとは言いません。成果主義という時代の流れは、なるべくしてなっているとも思います。その中での企業ブームが「教育」という観念を見失ったまま突き進んでしまった。その結果が、現在の高い離職率なのではないかと思います。
複雑化する事業(モノよりサービス、ユビキタス)
これも、上の2つと深く関係していますが(まあ無理やり3つに分けたからね)、今、社会は「モノ」より「サービス」を売る時代になっています。「モノ」に対してどう付加価値をつけて提供するか、というのが「サービス」である、という意味で、「サービス」という概念は、「モノ」よりも1ランク上の概念だと私は考えています。つまり、ビジネスマンに求められる能力が格段に高くなった、ということです。この現象は、モノを作れば売れた高度経済成長期の直後にも起こっています。モノが飽和し始めた時、企業は「ブランド」という付加価値を作って競争力をつけてきました。そしてそのブランド戦争がマンネリ化する頃、また新たな技術革新によって、「モノ」による競争が始まる、と。「モノ」→「サービス」→「ブランド」の順に繰り返しマーケットは動いているのだと私は理解しています。
「ブランド力」とか「共感マーケティング」とか言う本が沢山棚積みされているところからも、近年の日本社会は、大きく見れば「サービス」から「ブランド」への移行期だと感じます。もちろんITバブルやWeb2.0と呼ばれる技術革新など、少し視界を狭めれば、その中でもそれぞれのトレンドがありますが、本質的には同じように動いているはずです。
そして、さらに問題を大きくしているのが、「ユビキタス」という社会の方向性です。これは消費者目線で考えると非常にありがたい話ですが、世の中の色々な、本当に色々な企業が連携してサービスを提供しようとした場合、世の中ではどのようなことが起こるでしょうか。
単純に考えて「二極化」です。
このことは以前のエントリーにも少し書きましたが、強いものは強いものと組み、弱いものは…という話です。たとえば、auはGoogleと、ソフトバンクはyahoo!と提携しました。また先日、NTTドコモはモバイルコンテンツの強化のために角川GHDと提携しました。
特に、IT業界と電化製品、そして映像・音楽業界は今、躍起になって強いものと組むために動いているはずです。
社会は、少数の優秀な人間が総合的なサービス提供の実権を握る、という方向に動いています。これはつまり、企業活動の社会的意義をどんどん膨らませる勝ち組企業の傍らで、働くモチベーションを保ちにくい弱い企業がどんどん増えていく構図です。
ちょっと3つ目の理由は色々つめこみすぎて意味不明ですが、現在の若者の、離職率、それからニートとか、その日暮らしのフリーターとかの根本的な理由も、このへんにあるんじゃないかなあと、キュウモトは思っています。でも、すべては自然の摂理だから、私は私の手の届く範囲で、精一杯生きていこう、というのが結論なんですけどね…。
長文にお付き合い頂いてありがとうございました。
コメント、トラックバックお待ちしています。

Comments
>「人として一生学び、教えあう関係性」を構築するマネジメント力を、明確な基準を設けて「評価」していく企業が増えていくんじゃないかなあと私は思っています。
おー確かに。
少しずれるかもですが、自社で必用な人材の教育から一貫して執り行なうという形をとっている企業が躍進していたりしますものね。
組織全体のマネジメント力を上げる努力って、今後大切になっていくのかも。。。
コメントありがとうございます。
そうですね、私も以前塾の講師をやっていましたが、あからさまな「教育」の場では、これは結構当たり前の話ですよね。ただ、教育現場では、その能力が直で教える側の「評価」につながるけれど、企業では「また別の話」として捉えられる部分も多いと思います。
現在は、人的資源の重要性に社会は気づき始めたところで、だからこれから、べっちさんの言う「人として一生学び、教えあう関係性」を構築するマネジメント力を、明確な基準を設けて「評価」していく企業が増えていくんじゃないかなあと私は思っています。
昔のように「気概」でもってそれを実現することは難しい社会となってしまいましたが、私は、これはこれで、資本主義社会としてきちんと進化している形だと捉えています。
いずれにしろ、自分がどの立場にあろうと、もっと自分にできる努力はないだろうかと個々人が省みることによって、大小に関わらず、組織は躍動していくのだと思います。
全く同感です。
今80点の人間には、残り20点分の
今20点の人間には、残り80点分の未知数の能力があります。
教師時代に顕著に感じていたことは、
コンスタントに平均点以上をとる人間は、すでに自分の力で育っていく力を持っているので、その力を存分に発揮できる環境に気を配ることが主で、狭義での「教える」という作業はほとんど必要ありません。
大切なのは、その人の、「育っていく力」を確立することだと思っています。
残り80点側の人間を「自分で進む人間」にすることができれば、全体的な組織としての能力の劇的な底上げにつながりますものね。。。
よくある「会社は学校ではない」のひとことですませず、人として一生学び、教えあう関係性を持ち合うことが理想です。。もはや現実的ではない話かもしれませんけど、、
でも、それを嘆くだけでなく、それはそれで、これから自分自身はどうすれば良いかを考えないといけないですね。
個人的に考える良いきっかけになりました。ありがとう(^v^)
ありがとうございます。
そうですね、「人に頼むよりも自分でやるほうが早い」という判断は、プレイヤー型の優秀な人に本当に多いと思います。私の周囲にもたくさんいます。
でも、特に人の上に立って組織全体の先を見なければならない人は、もっと長いスパンで事を捉え、実際は何が合理的かを考える必要があると思います。
今後ともよろしくお願いします♪
>新入社員の失敗が自分の成果を
>下げるのを恐れて、
>難しい仕事を新入社員に任せることができずに
>自分で処理するか
このくだりにグッときました。
また読みに来ます。
エコハックも楽しみにしてますよ♪
ええと、この場合の「教育」というのは可能な限り広義に捉えてもらいたいのですが、何も1から10まで教えるというわけではなく、1から10まで自分で学ぶとしても、せめて0から1にいくところまでステップアップさせる力を企業側が持たない限り、その企業の一定以上の成長は難しいだろうという意味です。
さらに言えば、終身雇用時代の教育は、先輩社員の「気概」によって支えられていた部分も大きかったようですが、それを現代企業に求めるのは、精神論に寄りすぎていて現実的ではないとも思います。
「人を育てる」のと「利益(数字)を上げる」のとを少し別の次元で捉えるほうが賢いのではないかと私は思っています。もちろん両立できる優秀な人間もいるけれど、「人を育てる」という能力をもう少しクローズアップされるべきだと。今はそれが「数字」に付随する形で評価される程度の場合がとても多い気がするんです。
…長くなりそうなのでこれについてはまた別の記事に書こうと思います(笑)。
とても少ないです。
教育…難しいですよね。
ちゃんと教育する体制が必要だ、と感じることもあれば
自分で勉強しない人は何をしても身に付かない、とも思います。
そうなるとモチベーション管理にまで話が及んで
もっと難しくなっちゃったりして…あああ。
新生コミュニケーションキュウで色々学ばせてもらいます^^
これからも楽しみにしてますよ♪